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  1. 2007/05/22 “後発”韓国の猛追 by Takumi

“後発”韓国の猛追

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 ■政府利用して何が悪い

 「韓国の国内市場は限られている。米国に行きたいと思うのは自然でしょう」

 シリコンバレーの中心部、サンノゼにある韓国の起業家育成・支援施設「KIICAシリコンバレー」で、「オンネットUSA」の最高経営責任者(CEO)、金庚萬(34)は米国進出の経緯を話しだした。オンネットの主力商品はオンライン・ゴルフ・ゲームである。米小売りチェーン最大手のウォルマートでも扱われるなど好調だ。

 「米国に行くと決めたらすぐに政府に聞いた。『どうすればいいか?』と」

 シリコンバレーは「産業政策」の彼方にある。大学や研究所の技術と着想、巨額のベンチャー資金が化学反応し合い、民間企業が生まれては消え、無数の失敗の中から成功が生まれる。一貫しているのは徹底した優勝劣敗の原則である。

 そのシリコンバレーへの進出に際し、金は迷うことなく政府の手を借りたというのだ。そこには、中国、インド、台湾勢が席巻するシリコンバレーに“遅れて来た”新興勢力、韓国勢の特徴がうかがえそうだ。

 金は1996年8月、韓国・中央大の先輩たちと3人で、「オンネット」を立ち上げた。会社は急激な成功を収め、インターネットのブロードバンド化を国策とする韓国の時流にも乗って、99年には同国政府が選ぶ「ベンチャー企業トップ100」にも選ばれた。

 「オンネット」は零細スタートアップ(新興企業)ではなく、実力を持った中堅企業として、2005年に、満を持してシリコンバレーに進出したといえる。

 それはしかし、必ずしもシリコンバレーでの優位を意味しない。バレーで重要なのは規模よりスピード、変化への柔軟さだからだ。

 実際、金には、米国でのビジネスにそう向いているとも思えない部分がある。英語は「学校教育で学んだだけ」で、米国での会社設立までは渡米経験すらなかった。当然、米ビジネスの仕組みにも通じておらず、銀行口座の仕組みや小切手の切り方も知らなかった。

 「僕が米国で会社を経営していると言うと、韓国人は決まって3つ質問する。米国生まれか、留学していたか、米国で働いた経験があるか。答えは全部ノーだ」

 だからこそと金は苦笑しつつ、「政府が支援してくれるなら、それを利用してどこが悪いのか」と語る。

 00年4月に開設されたKIICAシリコンバレーには現在、32社が事務所を構える。毎年10社前後が入れ替わり、成功も失敗もあるものの、ナスダック上場企業2社を送り出している。

 単純な比較はできないにしても、同じ時期に日本貿易振興機構(JETRO)が開いた同種の施設からはまだ、米株式市場への上場企業が現れていないことを考えると、かなりの成果だといっていい。

 所長を務める李鍾薫(51)は米国、アジアで世界的なコンピューター会社、ヒューレット・パッカードに勤務した経験を持つ民間組。04年には在米韓国商工会議所が選ぶ「今年のハイテク・ビジネスマン」にも選ばれたことがある。

 「ここではみんながゼロからヨーイドンで走り出すわけではない。米国人だけではなく、すでに膨大なネットワークを築いている中国、インド、台湾などと、韓国とではスタートラインが違う。最初は政府の手助けが必要だ」と力説する。

 そんな韓国方式がいつもうまくいくとは限らない点は、李も認める。民間から李が登用されたこと自体、「官主導」が行き詰まったからだ。そうはいっても、やはり政府の役割は極めて大きいと李は考えている。

 「韓国ではまだ、一番優秀な人間は政府に集まる。彼らは本当によく働く」

 「IT839戦略」なる韓国政府のIT産業振興計画がある。「感動ものだ」と李は言う。「内容が当を得ているかどうかは分からない。だが、予想などできないITの未来について、知恵を絞って見取り図を描こうとする心意気がすばらしい」と思うからである。

 シリコンバレーでコンサルティング会社を経営する傍ら、IT関連のブログを運営し、各国の事情にも詳しい徳田浩司も隣人の奮闘ぶりに注目するひとりだ。

 「韓国は明らかに、国策としてエリートを海外に送り出そうと考えている。シリコンバレーを試験台にして、国としての競争力を強化する、という戦略だ」

 ただし、そんな韓国流への批判もむろん、ある。=敬称略

 (シリコンバレー 松尾理也)

 【伝説の地を訪ねて】

 ■夢を探った“自家醸造” 「リンゴ」もガレージ発

 1975年、「ホームブリュー(自家醸造)コンピューター・クラブ」という風変わりな名前の集まりがシリコンバレーで組織された。当時、まだ夢に過ぎなかった「個人用コンピューター」という概念をめぐり議論と実験を繰り返していたクラブのメンバーに、後のアップル・コンピュータ(現アップル)の創業者スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックのふたりがいた。

 ふたりは間もなく、実際に個人用コンピューターを開発して、売り出すことになる。その最初の工場となったのが、ロス・アルトス市にあるジョブズの実家のガレージだった。

 iPodの成功などで今、何度目かの絶頂にあるアップルもまた、伝説的な「ガレージ発」の企業だったのである。

【用語解説】IT839戦略

 IT(情報技術)分野での韓国の存在感を一段と強化しようと、韓国情報通信部が2004年に策定した中長期の国家情報通信政策。広域無線LANなど8つの新規サービス、ブロードバンド統合網(BcN)など3つの社会基盤(インフラ)、知能型ロボットなど9つの「成長のための原動力」を規定し、集中的な産業育成を目指す。IT業界の目まぐるしい変化に対応して、06年には修正計画が発表された。

「オンネット」の社員たち。座っているのがCEOの金庚萬

「オンネット」の社員たち。座っているのがCEOの金庚萬

KIICAシリコンバレー所長の李鍾薫。背景は、入所する韓国系ベンチャー企業名の掲示板

KIICAシリコンバレー所長の李鍾薫。背景は、入所する韓国系ベンチャー企業名の掲示板

アップル社創業者のスティーブ・ジョブズの実家。左のガレージが創業場所

アップル社創業者のスティーブ・ジョブズの実家。左のガレージが創業場所

Posted by Takumi

2007/05/22 09:43 2007/05/22 09:43
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