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ビクターのVHS開発秘話は映画「陽はまた昇る」の題材になり、同社工場内でロケも行われた=平成14年3月

ビクターのVHS開発秘話は映画「陽はまた昇る」の題材になり、同社工場内でロケも行われた=平成14年3月

 「確かにビクターはVHSビデオで松下グループに貢献した。でも、VHSのころとは時代が変わった。市場の大きな拡大が望めない中で中国やアジアの勢力も伸びてきており、(ビクターにとって)かなり厳しい戦いになっている」

 淡々と語るのは松下電器産業の3代前の社長(在任昭和61年~平成5年)である谷井昭雄。昭和40年代後半から10年余りにわたりビデオ一筋だった谷井は「松下のミスターVHS」と呼ばれる。昭和51年、別の子会社が開発した「VX-2000」とビクターが開発したVHSのどちらを家庭用ビデオの規格として採用するかで社内の意見が分かれた際、谷井の決断でVHSの採用に踏み切った経緯もある。

「理想の親子関係」続かず

 当時、ビクターにはビデオ事業部長として開発を指揮し、後に「VHSの父」と言われる高野鎮雄がいた。「当時は高野さんと週1回は会って打ち合わせをした。(創業者の)幸之助にも報告によく行ったよ」と谷井は振り返る。松下幸之助が「ビクターさん、えらいもん作りはった」と絶賛した逸話は語り草だ。

 その後、松下はVHS陣営の盟主となり、「ベータマックス」規格を掲げたソニーとの戦いに勝利。VHSは世紀の大ヒット商品に成長した。「理想の親子関係」と言われた松下とビクター。しかし、蜜月は長くは続かなかった。

 ビクターは技術重視の気質が強く、「プライドも人一倍高い」(関係者)と指摘される。VHSでの成功もあってビクターは独立路線にこだわり続けた。松下もビクターとの関係を「相互競争による相互発展」と位置づけて、自主独立経営を重んじてきた。

 しかし、あまりに重複の多い事業分野を整理してこなかったことが、徐々に矛盾を引き起こす。その象徴が大画面薄型テレビだ。プラズマテレビを戦略商品とする松下に対抗するかのように、ビクターはリアプロジェクション(背面投射型)テレビを展開。展示会などでそろって「世界最大」を打ち出す姿は、親子関係というより敵対関係に映った。

 数年前の松下の低迷もビクター処理を急がせた。松下は平成14年3月期に4000億円超の営業赤字に転落。「松下がつぶれる」。危機的状況で当時の社長、中村邦夫(現会長)は「破壊と創造」を掲げてグループ再編を断行した。独立心の強かった松下電工の子会社化にとどまらず、創業家とかかわりが深かった旧松下興産処理など「歴史に残る大仕事」(首脳)を終えた松下にとって、ビクター問題は最後に残った懸案だった。

 一昨年から各社との売却交渉を本格化した松下だが、ビクター再建の道のりが見えず、ビクター経営陣が松下の意向に反発したこともあり曲折をたどった。ようやく“軟着陸”したケンウッドとの経営統合についても業務・資本提携という「緩衝材」を入れ、統合方式も共同持ち株会社設立で対等の精神を強調するなど、社員の理解を得ることを最優先した。

 昨秋、世界最大の電気・電子技術者団体のIEEE(米電気電子学会)はVHSビデオを歴史的偉業に認定した。祝賀会に招かれた谷井は「VHSで世界を制した気概を取り戻してほしい」とビクター経営陣に激励のメッセージを送ったという。ケンウッドという新たな「親」のもと再出発するビクター。「往時の輝きを取り戻してほしい」と願う関係者は決して少なくない。=敬称略

Posted by Takumi

2007/07/26 13:14 2007/07/26 13:14
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